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〈所長賞表彰〉

水晶振動子を用いた化学センシング



高分子物理部 超薄膜グループ
黒澤  茂


●高感度水晶振動子を用いたガスセンサー
 水晶振動子は高精度で安定な発振素子として、時計、コンピューター、通信・計測機器など多くの電子回路に使用されています。水晶振動子はその電極上に付着した質量を発振周波数の減少に定量的に変換することから、超微量の質量センサーとして真空蒸着装置の膜厚計やガスセンサー等に用いられてきました。通常の化学センサーの研究には、取り扱いが容易な9MHzの発振周波数のものが利用されていますが、より高感度の測定を行うためにはどのような水晶振動子を選択すれば良いでしょうか。図1に私たちが化学計測用に見出した各種ATカットの水晶振動子を示します。水晶振動子は基本周波数の奇数倍でも発振し、これをオーバトーンといいます。水晶振動子の質量付加による発振周波数変化の理論式について検討し、オーバトーンも考慮した下式を導出いたしました。

 ここでNはオーバトーンの次数(N=1,3,5,7・・・)、ΔFN晶振動子の発振周波数の変化、Δm晶電極表面上の質量変化を示します。F1は水晶振動子の基本周波数、Aは水晶の電極面積、μは水晶の弾性率、ρは水晶の密度を示します。各水晶振動子の電極面積当たりの質量感度を上式から計算し、9MHzの水晶振動子の質量感度と比較した結果を表1に示します。


図1 水晶振動子の一例

理論式の実験的な検証は、各水晶上にプラズマ重合スチレン膜の被覆重量を変化させた際の周波数変化測定で行い、表1に示す質量感度と良く一致する結果を得ました。

表1 水晶振動子の質量感度の理論値

 図2にはガスセンサーのモデル実験として、図1に示した各水晶振動子にプラズマ重合スチレン膜を同じ重量被覆した素子に、同一濃度のジエチルエーテルガスの吸着・脱着を行った際の周波数応答を示します。


図2 ジエチルエーテルガスの吸着・脱着による発振周波数変化

図2よりガス吸着による3次オーバトーンの100MHz水晶振動子の発振周波数変化は9MHzの40倍、50MHzでは9MHzの30倍、5次オーバトーンの100MHzでは9MHzの25倍で、それぞれの実測値は理論値から予測できる値とほぼ一致します。水晶振動子の高い基本周波数やオーバトーンの利用により、ガスセンサーの応答感度は9MHzの応答感度と比べ大きく向上します。このような水晶振動子をセンサー素子とし、極微量の環境汚染物質や疾病マーカーを検出対象とした高感度センシングシステムの構築が期待されます。
 近年、ダイオキシンをはじめとした環境ホルモンによる環境汚染が深刻な社会問題となっています。環境保全のためには、これらの環境汚染物質の発生状況や暴露状況の実態調査用にppm〜pptレベルでの化学物質測定を行う高度な化学計測技術が必要となります。現在の所、GC−MSのように大型で高価な装置と前処理を含めて長い測定時間が必要です。私たちは水晶振動子の持つ超微量の質量定量性を利用することにより、環境ホルモン、ダイオキシン類等のオンサイト用の簡易超高感度計測へと研究を進めております。

●水晶振動子式免疫ラテックス測定法  人が病気になると血液中に生じる特定タンパクの量は感染症の罹患程度の指標となります。従来の血液中の生化学成分の分析方法は、免疫ラテックスの抗原抗体反応を利用するものです。免疫ラテックスは抗体を固定化した高分子微粒子で、検出対象の抗原と抗原抗体反応することで抗体を介して三次元架橋し凝集反応を生じます。この凝集反応を溶液の吸光度変化として光学的に検出します。検出対象の抗原はラテックスに固定する抗体を換えることで広範に選択できます。本法は確立され様々な検出対象の血液自動分析装置用の免疫ラテックス試薬が市販されています。ところが血液自動分析装置は高価かつ大型であり、小さな病院への普及は進まず、個人の日常の健康管理用モニターには適さないものでした。
 日本では人口の高齢化が急速に進み、2020年にはその1/4が老人化すると予想されております。人口の高齢化に伴う医療費の大幅な増加は大きな社会問題となるため、高齢者の社会参加支援用の医療機器開発が開始されています。高齢者の在宅での健康管理には日常の健康状態のモニタリングが必要となります。このために在宅での疾病マーカー測定用の簡易型センサーの開発が要求されています。
 C−反応性タンパク(CRP)は体内に急性の炎症や組織の損傷がある際に増加するマーカーです。特に高齢者の死因の第一位は肺炎によるものであり、CRP量の測定により在宅で肺炎か風邪かの判断ができれば重篤な状態になる前に病院での治療が可能となります。私たちは水晶振動子を用いた免疫ラテックス凝集測定を検討いたしました。その結果、血清中のCRP量を抗CRP抗体固定の免疫ラテックス凝集反応による水晶振動子の発振周波数変化として測定できることを明らかにしました。図3に水晶振動子上での免疫ラテックス凝集反応の様子を示します。本法では血清中のCRP量が臨床検査で陽性と判定するのに必要な濃度範囲が測定できます。また本法での実際の血液試料を用いた抗ストレプトリジンO抗体(溶連菌感染、急性扁桃炎、猩紅熱等のマーカー)量の測定では、血液自動分析装置での結果と良好な相関を得ました1)。水晶振動子式免疫ラテックス凝集測定法はオンサイトでの各種疾病マーカーのセンサーとして利用できる可能性を持っております。図4に電池及びACアダプターで駆動可能なCRPセンサーの試作品を示します。本品は、市販の周波数計キットと溶液用の発振回路を一体として組込み測定系を構築したものです2)
 本装置を高度化することで高齢者が在宅で使用可能な簡易型疾病マーカーセンサーを構築し、通信回線を利用する医療ネットワークと結合した健康管理システムを作成することを目標に研究を進める予定です。

1) S. Kurosawa, M. Muratsugu, H.O. Ghourchian, N. Kamo, ACS Symposium Series 657, 185 (1997)
2) S. Kurosawa, H. Aizawa, M. Yoshimoto, IEEE Trans. UFFC, 47, 1256 (2000)

 


図3 水晶振動子上での免疫ラテックス凝集反応

    


図4 CRPセンサーの試作品波長


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