National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST) This page is a page of the former research institute. We stopped updating on March 31.2001.
E-mail to webmaster (Japanese) E-mail to webmaster (English)
〈所長賞表彰〉

有機標準物質の開発



計測化学部 有機分離分析グループ
井原 俊英


 分析機器の高感度化、高精度化にはめざましいものがあり、今や計測機器そのものの信頼性よりも試験環境や分析法の堅牢性などが計測結果を左右する大きな因子であると言われています。一方、多くの測定機器は対象成分毎に校正が必要であり、この校正に用いる標準物質の信頼性確保も併せて重要な問題であると考えられます。例えば機器校正に用いる標準ガスや標準液等の濃度標準において、その濃度信頼性は主成分と希釈ガス(液)の精確な混合並びにそれぞれの純度に依存します。しかし、特に主成分純度を精確に規定するのは容易でないことから、既に供給されている標準物質においても必ずしも十分な水準で純度が確定されているとは言えない状況です。


図1 純度測定用断熱型熱量計

 当研究所では平成8年度より、有機標準ガスおよび標準液などの濃度標準の主成分として用いる高純度有機物質の開発を進めてきました。これらの物質を標準物質として供給するためには、国際単位系に直接つながり、測定される量の標準を参照せずに絶対測定が可能である分析法(一次標準測定法又は基準分析法)で純度値が付与されていることが重要となります。凝固点降下法はCCQM(国際度量衡局下の物質量諮問委員会)において一次標準測定法としての資格を有する測定法として規定されており、特異性の少ない有機化合物の純度測定には有用性が高いと考えられます。そこで、開発を行う高純度物質について本法の適用可能性を検討したところ、示差走査熱量計(Differential Scanning Calorimeter : DSC)を用い擬似的に熱平衡状態を保ちながら試料を融解させる段階的加熱法による純度測定法を確立することができました1)。加えて不純物も可能な限り少ない標準物質をめざし高純度化についても検討を重ね、これまでに、エタノール、1,2-ジクロロエタン標準物質を開発するに至りました。さらに、平成12年度には完全な熱平衡状態下で高精度測定が可能な断熱型熱量計(図1)を新たに導入したことで、DSCでは温度分解能の限界から測定が困難であった超高純度物質の測定が可能となり、純度99.984±0.013 %のトルエン標準物質を開発することができました。これらの高純度標準物質は当所初の認証標準物質(Certified Reference Material : CRM)として、主に標準供給機関を対象に供給される予定になっており(図2)、今後、ベンゼン、コレステロールなどについても同様の技術により順次CRM化を行う予定です。


図2 物質研認証標準物質(開発中の物質を含む)

 一方、高純度有機物質の中には容易に凝固しないものも少なくありません。近年、外因性内分泌攪乱化学物質いわゆる環境ホルモンとして問題となっているフタル酸エステルもそのような物質のひとつです。当所ではこれら物質の環境計測における精度向上を目的に、平成11年度よりフタル酸エステル標準物質の開発を開始しています。現在、フタル酸ジエチルについては断熱型熱量計を用いた純度測定法を検討中ですが、他のエステルについては凝固点降下法の適用が容易ではないことから、類似構造であることを生かした新たな純度測測定法を開発しました2)
 すなわち、HPLCの検出器として1H-NMRを用いるというものです。一般的にクロマトグラフィーで物質を定量する場合、測定対象物質と同物質の濃度標準が必要ですが、NMRは例外です。図3は一例としてフタル酸ジエチルとフタル酸ジブチルの混合溶液をLC-NMRで測定したものですが、それぞれの物質において、例えばベンゼン環のプロトン比は両者のモル比に対応します。通常の一次元の1H-NMRでは両物質の主要なシグナルがほぼ重なってしまうので、このような定量は不可能であり、HPLCとの結合によってはじめて可能となる分析法と言えます。したがって、フタル酸ジエチルの純度値が断熱型熱量計で得られているとすると、得られたモル比と溶液の調製値の関係からフタル酸ジブチルの純度(あるいは濃度)が測定される量の標準を参照せずに決定できることになります。本技術を用いれば、少なくとも類似構造の化合物群はきわめて効率的に純度(あるいは濃度)値を付与することが可能になるものと期待されます。
 有機標準物質に関しては、現在まで我が国の環境基準、排出基準が設けられている有害物質を中心に開発を進めてきました。今回紹介させていただいた技術等により、これまで純度値を付与することのできた物質としては揮発性有機化合物を中心に現在18物質あり、計量法トレーサビリティ制度(Japan Calibration Service System : JCSS)における有機標準ガスおよび標準液の基準物質として利用される予定です。今後とも、標準液はJIS K 0125など環境規制への対応として、また標準ガスは大気汚染防止法の優先取り組み物質に対応したJ-HAPsなどの混合標準の供給に向けて整備を急ぐ必要があることから、品目を追加し、本研究で確立した手法をベースに標準物質の開発を行って行きたいと考えています。
 また、世界的にも高純度有機標準物質はきわめて不足しており、APMP(Asia-Pacific Metrology Programme)傘下のアジア経済地域をはじめ、広く世界中の標準供給機関を対象に、開発した高純度標準物質の供給を行っていく予定です。
 最後に,本研究成果は野村 明グループリーダーをはじめ,当グループスタッフの清水由隆,大塚聡子,大手洋子各氏らの尽力により得られたものであり,ここに感謝の意を表します。

1) 井原俊英, 野村 明, 物質研ニュース, No.36 (1999)
2) 投稿準備中


図3 LC-NMRによるフタル酸エステルの測定例


物質研NEWS
出版物