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結晶中の分子の配列は材料の物性を決める重要な要因です。たとえば分子が大きな非線形分極率を持っていても、分子が対称に配列すると結晶は非線形光学特性を持ちません。このため水素結合等を使った分子の配列制御が試みられています。一方、最近では水素結合だけでなく、CH/π、NH/π、OH/π、π/π等と呼ばれる弱い分子間相互作用が、分子の配列の決定にとって無視できないと考えられるようになってきました1,2)。また、これらの弱い分子間相互作用は超分子の分子認識や生体分子の機能の理解にとっても重要なことが指摘されています1)。
これらの弱い分子間相互作用による引力が存在することは多くの実験から指摘されていますが、相互作用の大きさや、引力の作用機構については良く分かっていません。このためこれらの相互作用の定量的な解析手法の確立が課題となっていました。そこで、私たちは高精度の分子軌道法計算と結晶構造データの統計解析を組み合わせて、弱い分子間相互作用を定量的に解析する手法を研究いたしました。ここでは、分子軌道法計算によるモデル系の CH/π相互作用の解析について以下に紹介いたします。 解析手法の詳細は文献3をごらんいただきたいと思いますが、私たちはまず MP2 法を使った basis set limit での相互作用エネルギーを推定し、CCSD(T) 法での補正項を加えることで、弱い分子間相互作用を精度良く計算できることを見いだしました。 この方法で計算されたベンゼンーメタンの結合エネルギー(Be)は約 1.5 kcal/mol でした3)。代表的な水素結合である水の二量体(5 kcal/mol)と比べると、CH/π相互作用は非常に弱い相互作用であることが分かります。一方、不飽和炭化水素であるエチレン、アセチレンではベンゼンとの結合エネルギーはそれぞれ 2.1, 2.8 kcal/mol と計算され、メタンの場合よりも少し大きくなります。 これまで CH/π相互作用による引力は、主に電荷移動と静電力によるとされていました。しかし計算された相互作用ポテンシャル(図1)は遠距離でもかなりの引力が存在することを示しています。これは、引力は電荷移動等の軌道の重なりによって生じる近距離力(E〜e−αR)ではなく、主に静電力や分散力等の遠距離力(E〜R−n)によることを示しています。また、電子相関を考慮すると引力が非常に大きくなることから、分散力(van der Waals 引力)が引力の主な原因であることが分かりました。また静電力の精密な解析からは、静電力は方向依存性が大きいので、分散力よりもかなり弱いにもかかわらず、静電力が相互作用している分子の向きを決めていることが分かりました。CH/π相互作用では、CH 結合が相互作用しているπ電子系を向くことが知られていますが、これも静電力によるものです。 分子軌道法計算からは図のようにメタンの CH 結合がベンゼン環を向く構造が安定になり、結晶構造データの解析結果4)と良く一致しました。分子動力学シミュレーションは材料設計によく使われる手法ですが、一般的に使われているポテンシャルを使った計算では、CH 結合がベンゼン環を向いた構造を再現できませんでした(図1)。これは分子動力学シミュレーションに使われているポテンシャルにはまだ改良が必要なことを示しています。 今回紹介した CH/π相互作用の他に、私たちは NH/π5)、π/π6)、カチオン/π7)等の相互作用についても分子軌道法計算による詳細な解析を行っています。これらの解析結果は、ポテンシャルの改良による材料設計の精密化や分子認識機構の解明等の研究において、これから重要な役割を果たすものと期待しています。
1) M.Nishio, M.Hirota, Y.Umezawa, The CH/π interaction; Wiley-VCH: New York, 1998.
図1 ab initio分子軌道法と分子動力学用のポテンシャルで計算されたベンゼン-メタンの分子間相互作用エネルギーの比較 |