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春日 和行
近年,糖質化学の進展に伴い,糖質の分子認識が注目を集めている。この結果,糖分子を認識・捕捉する化合物,いわゆる人工レセプターの合成が種々報告されるに至っている。例えば,レゾルシン環状4量体のように糖の水酸基との水素結合を利用して糖分子を捕捉するもの,或いはフェニルホウ酸誘導体のように共有結合の形成によるもの等である。一方,水酸基の金属イオンへの配位も糖分子を捕捉する有効な手段と考えられるが,未だ有効な例はほとんどない。
糖分子と金属イオンとの水中における相互作用に関しては,今までにかなり詳細な検討が為されている。例えば,アルカリ土類金属或いはランタノイド金属イオンは,水中で中性条件下,糖類特に単糖類と錯体を形成することが知られている。錯形成においては,糖の水酸基の相対的配置が重要であり,図に示すように,ピラノース型では3つの連続した水酸基がアキシャル−エカトリアル−アキシャルの配置を,またフラノース型ではシス−シスの配置をとる糖が安定な錯体を形成する傾向にある。
我々はこのような金属イオンの糖との親和性に着目して,脂溶性のアルカリ土類金属錯体を調製し,これらの錯体による有機溶媒中における糖の捕捉について検討した。脂溶性のアルカリ土類金属錯体は相当する金属水酸化物と脂溶性のリン酸ジエステルから調製した。リン酸ジエステルについては,検討の結果金属抽出剤として市販されているリン酸水素ビス(2−エチルヘキシル)が最適であることが判明した。調製した脂溶性金属錯体の糖の捕捉能の評価は,液膜による輸送実験,或いは液−液抽出実験により行った。最初に基質としてリボースを用いて輸送及び抽出実験を行った。リボースは前述したように金属イオンと安定な錯形成が期待できる水酸基配置を有している理由による。実験の結果,これらの錯体は中性条件下リボースの輸送或いは抽出に有効であることが判明し,その効率はマグネシウム,カルシウム,ストロンチウム,バリウム錯体の順に増大することが明らかとなった。この結果はイオン半径が大きく,高配位数を持つ金属イオンほど,糖とより安定な付加体(3元錯体)を形成する傾向にあることを示している。
次に,バリウム錯体を用いて,リボース以外の単糖類についても検討を行った。液膜輸送ではリボースには及ばないものの,フコース,フルクトース,マンノース等はある程度輸送されるのに対して,グルコースやガラクトースのようなヘキソースの輸送にはほとんど効果がないことが判明した。以上の結果は糖の構造上の差異,すなわち各水酸基の向き,或いは疎水性基の有無等が,金属錯体による糖の有機溶媒中への取り込みに大きく影響し,検討した糖類ではリボースが取り込みに最も適した構造を有していることを示すものである。このような基質依存性を利用して,リボースを含む数種の単糖の混合水溶液から,リボースを選択的に分離できることも明らかとなった。さらに,本錯体はリボースの類縁体であるリボフラビン(ビタミンB2)の輸送及び抽出にも有効であった。
従来,糖分子をターゲットとしたレセプターの開発では,基質である糖分子の微妙な構造上の差異を識別する必要から,構造が複雑になり合成上難があるか,或いは単純な構造のため選択性が低いかの問題があった。ここで紹介した金属錯体は構造が単純で調製も容易であるにもかかわらず,リボースの選択的捕捉剤として,その効率はレゾルシン環状4量体を凌ぐものである。今後は液膜型電極の感応素子として糖分子,特にリボースのセンシング等への応用を検討する予定である。
