1.水素吸蔵合金の現状と課題
水素吸蔵合金は、水素を室温で大量に吸蔵・放出する合金で、水素をコンパクトかつ安全に貯蔵することができる。この材料は、ハイブリッド自動車やデジタルスチルカメラに使われているニッケル・水素二次電池用の電極材料として実用化されている。
最近はさらに、水素を燃料とする燃料電池自動車の燃料タンクの貯蔵媒体として、注目を集めている。水素吸蔵合金は、水素をガスの状態の数百分〜一千分の一の体積にまでコンパクト化する事ができる。また、水素吸蔵合金の入ったタンクから何らかの原因で水素が放出すると、合金の温度が下がり、水素の放出の勢いが弱まるという、高圧ガスや液体水素にはない高い安全性を有している。
しかし、そのようにコンパクトで安全な水素吸蔵合金であるが、自動車に搭載することを考えると重量あたりの貯蔵量の観点からは、まだ不十分である。例えば、ニッケル・水素電池に使われている希土類を主成分とする合金では、1質量%程度の水素貯蔵量しかない。そこで、我が国の水素エネルギー開発のプロジェクトである通商産業省のWE-NET計画では、貯蔵量の目標値が3質量%に設定されている。
2.当研究室の今までの関連の研究成果
当研究室は、水素吸蔵合金の概念が出された直後の1972年頃から水素吸蔵合金の研究を開始し、それ以来、一貫して水素吸蔵合金の研究の最前線に存在し続けている。
最近では、1993年に従来の水素吸蔵合金の概念とは異なる新しい水素吸蔵合金「ラーベス相関連のBCC固溶体」を提案した。さらに、その新しい概念の合金が、水素吸蔵合金として使われてきた希土類系合金の約2倍の水素吸蔵量を有することを明らかにした。この概念に基づきトヨタ自動車(株)が開発した合金を搭載した燃料電池自動車が、1996年に同社によって試作され、走行試験が行われた。
その後、「ラーベス相関連のBCC固溶体」水素吸蔵合金の改良研究が大学および民間企業で進められているが、当所より出された概念あるいは水素吸蔵性能を大きく越えるものは、今のところ、残念ながら出されていない。
3.今回の研究成果
「ラーベス相関連のBCC固溶体」水素吸蔵合金の具体例としては、Ti-V-Mn及びTi-V-Crを基本組成とするものを発表してきている。そのうち、Ti-V-Crを基本組成とするものについては大学、企業等で改良的研究が進められ、図1のような水素平衡圧力組成等温線(pc図)が得られている。しかし、Ti-V-Mn系については、水素吸蔵量が少ないとして、当研究室から提案後も、全く注目されなかった。しかし、我々は、むしろ注目されなかったTi-V-Mn系を詳細に検討することで、新しい構造を持つ水素化物を見いだした。さらに、その水素化物相の存在によって、より高い水素貯蔵量が達成される可能性を示した。
図2にTi-V-Mn系合金のpc図を示した。室温で通常測定できる圧力範囲に水素化物相が3種類あることが分かる。水素量の少ない方から、BCC相、歪んだFCC相、FCC相と命名した。この中で「歪んだFCC相」が新しい相である。他方、図1に示す従来型BCC合金のpc図からは、水素化物相は2種類しかないことがわかる。この場合、「歪んだFCC相」は現れない。
一般に、BCC固溶体合金は水素を吸蔵する前はBCC構造を取っているが、水素がフルに吸蔵されるとFCC構造になる。これは隙間の大きいBCC構造に水素が入って、密度の極めて高いFCC構造になると説明される。
図3には、Ti-V-Mn系合金がBCC構造からFCC構造に変化する様子を、格子の辺の比、c/a'の値とともに示した。BCC構造からFCC構造への変化は、c/a'の値が約0.7から1へ変化することに相当する。 Ti-V-Mn系合金では、水素量が少ない水素化物相の構造はほぼ合金と同じBCC構造(c'/a'=0.71)であるが、その次にFCCが歪んだ構造(c'/a'=0.96)をとる。つまり、BCC合金→BCC水素化物→歪んだFCC水素化物→FCC水素化物と変化する。
この新しい水素化物相の存在により、有効利用できる水素貯蔵量が増加する。この効果を図4に示した。従来型BCC合金では、合金に吸蔵される水素の約65%しか使うことができなかった.しかし、Ti-V-Mn系では、今回見いだされた新しい水素化物の構造を利用することで、合金全体に吸蔵された水素の約80%を利用できる可能性が示された。Ti-V-Mn系合金に水素がフルに吸蔵されると全体の吸蔵量は約4質量%であるから、今回の成果を利用することで、WE-NET計画目標値である3質量%の水素貯蔵量をBCC構造を持つ合金で達成するための理論的裏付けができたと考えている。
追 記
この研究は、通商産業省ニューサンシャイン計画「WE-NET計画」及び文部省科研費「プロチウム新機能」の成果である。
図 1 Ti-V-Cr系合金(従来型BCC固溶体合金)のpc図
図 2 Ti-V-Mn系合金のpc図
図 3 水素化に伴うBCC構造からFCC構造への変化
図 4 新しい水素化物相形成による有効水素貯蔵量増加の効果