概 要
原子力施設では、設備の定期検査や修理の時はもちろん機器の更新時には放射能を封じ込めている壁を開いて廃棄物等を搬出したりするために作業者が汚染区域に立ち入る必要が生じる。このとき、管理基準の厳しい放射能を扱う施設では、対象となる設備や機器の周囲を仮設ハウスで覆い、その外に放射能が漏れないような措置をしてから封じ込めの壁を開いて作業に入ることになる。放射線防護服は、このような仮設ハウス内で作業者の被曝を防止するために用いられる。放射線防護服はこれまでにいろいろなタイプのものが用いられてきたが、今回の研究では、ダブルカバーポート型エアラインスーツと呼ばれるタイプの放射線防護服着脱装置の操作性向上(熟練度の軽減、装置の軽量化、着脱時間の短縮等)と信頼性向上を目指した。ダブルカバーポート型エアラインスーツは、それまで用いられてきた放射線防護服の問題点を改善するために開発されたもので、これにより、同時に複数の作業者が放射線防護服を脱ぐことができるので一斉に作業を終了できるというメリットとともに、着脱に伴う二次廃棄物が減少するという効果が得られている。そこで、この新しいタイプの防護服の利用拡大を図るためには、その操作性と信頼性の向上が不可欠であるという観点から本研究が実施された。
当該装置の概要
この度開発した放射線防護服着脱装置は、高分子材料やバネ鋼等の弾力性に富んだ材料とNi-Ti形状記憶合金との複合材料で創られた。両材料の複合化は所定の方法(特許第2668850号)によっており、この場合、前者は母材として、後者はアクチュエータ(作動器)として機能する。
Ni-Ti形状記憶合金は所定の温度(相変態温度という)以上になると、前もって記憶されていた形に変化するが、温度が元の状態に戻っても形状は元の状態にはならない、いわゆる一方向応答性あるいは非可逆的応答性である。しかし、前述のような複合材料にすると、温度が元に戻れば形状も元に戻るという、二方向応答性あるいは可逆的応答性を発現(このような複合材料をセミ・スマートストラクチャーと名付ける。)するようになる。すなわち、Ni-Ti形状記憶合金は相変態点温度を境にして、それ以上の温度とそれ以下の温度では弾性率(ヤング率ともいう)が大きく異なり、本研究の場合、高温時のヤング率は低温時のそれの4〜5倍も大きい。と言うことは、低温時に、ある形状になっているNi-Ti形状記憶合金を相変態点温度以上に昇温すると、低温時にそれを変形させようとする時の力の4〜5倍も大きな力を発生する訳である。そこで、この大きな力が生み出す大きなエネルギーで、Ni-Ti合金のみならず母材も一緒に変形せさてひずみを発生させ、母材が変形することによる「ひずみエネルギー」として、昇温過程でこの合金が創り出したエネルギーを一時的に蓄えておく。そして、この状態で温度が下がると、合金のヤング率が大幅に低下し、複合材料をその状態に持ちこたえる力が1/5〜1/4に低下するので、弾性体である母材が元に戻ろうとする力に負けて低温時の形状に復帰する、すなわち可逆的形状変化を発現する訳である。
今回の研究では、形状記憶合金として最も一般的なNi-Ti合金を用い、母材である弾性体には、シリコン樹脂、ジシクロペンタジエン樹脂、その他の弾力性に富んだ材料(GFRP、CFRPなど)を採用した。
当該装置の特徴と利点
ダブルカバーポート型エアラインスーツの着脱装置は、二組のリングと蓋とから成っていて(写真A、写真B参照)、これらを仮にリングA、リングBおよび蓋A'、蓋B'とすると、A+A'、B+B'またはA+B、A'+B'のように組み合わせを切り替えて機能する構造になっている。
着脱機構のモデル実験では、形状記憶合金と母材を、一ヶ所が切れている環状(C字形)に成形するが(写真C参照)、当該合金と母材とは同心円配置に複合される。このとき、形状記憶合金の曲率半径を母材のそれより大きく記憶させておき、母材の曲率半径を小さく作っておいて所定の曲率半径の型を用いて複合すると(図A参照)、複合材料としては両者の中間の曲率半径に落ち着く。そこで、複合時に入れておいた電気ヒータにより温度を上げると、複合材料は形状記憶合金が高温時に発生する大きな力によって拡がり(曲率半径が大きくなる)、電気を止めると温度が下がるので元の形状に戻るような仕組みを考案、製作した。なお、同様な考えで、形状記憶合金の曲率半径と母材の曲率半径の関係が反対の組み合わせも作製した。この曲率半径の拡大、縮小により4本のリング状の複合材料がAとA'、BとB'をそれぞれ同時に押さえ付けたり、AとB、A'とB'をそれぞれ同時に押さえ付けたりして組み合わせを切り替えられるような機構とした。
この組み合わせ切り替えの操作(着脱操作)は、従来のダブルカバーポート型エアラインスーツでは、12本のボルトの操作が必要(右回し6本、左回し6本)であったが、本研究においては、手元のスイッチで切り替え操作が行える上に、ボルトを回す方向や回転数、締付けの力等を考慮せずに着脱操作が行なえるので、操作に熟練を要することもなく、操作時間も1/2〜1/3に短縮できる。また、着脱装置のうち一組のリングと蓋は常に作業者が背負うことになるのでこれらの軽量化が重要課題であったが、従来のボルト式に比べて約3割の軽量化を図れるのも本研究の成果である。
補 足
本研究の成果は平成12年3月14日〜16日に同志社大学工学部(京都府京田辺市)で開催される日本材料学会主催の第30回記念FRPシンポジウムで発表(本研究の発表は3月15日、15:40〜16:00)される。