1.緒言 ポリフェニレンスルフィド(PPS)は融点が280℃の耐熱性エンジニアリングプラスチックスであり、卓越した耐薬品性、難燃性を有し、自動車、電気・電子、精密機械部品を中心に広く使用されている汎用エンプラの一つである。このたび、物質研は、ポリマーアロイの手法を用いて、摺動性(摩擦・摩耗特性)に優れ、さらに成形加工性、耐衝撃性等の諸物性のバランスに優れた高摺動性PPSの開発に成功した。
摺動性(トライボロジー)は、プラスチックを金属代替材料として様々な部品に成形して使用する場合に、部品の耐久性、さらには、省エネルギーの観点から重要である。摩擦係数を減らせば、省エネルギーにつながり、また、摩耗を軽減すれば機械の寿命、生産性の向上につながる。また、エコロジカルな観点から、潤滑油を必要としない、自己潤滑性を有する材料が望まれている。
ポリマーアロイ(高分子多成分系材料)とは、複数のポリマーを何らかの方法で混在させ、既存のポリマーを複合化させる手法である。単一ポリマーでは得られない特性を持つ高分子材料を、大きな設備投資をすることなくつくり出すことが可能であり、開発に要するコスト・時間が少ないという利点もあり、研究開発が活発に行われている。
2.PPS/LDPE反応性ブレンドの摺動性と多相構造
PPSと低密度ポリエチレン(LDPE)を溶融混練によりブレンドすると、摩擦係数・摩耗率ともに急激に低下する。図1に示すように、PPSおよびLDPE共に摺動性は良好ではないが、PPS/LDPE90/10の配合にブレンドすることにより、摩擦係数、摩耗率共に最小になり、相乗的に摺動性が向上することを見出した。摩擦係数はPPSの約4分の1に、また摩耗率は100分の1になる。比較のため、図1に他の代表的なエンジニアリングプラスチックスの摺動特性を示したが、摩擦係数、摩耗率ともに優れていることがわかる。しかし、このブレンドは、射出成型時に金型汚染(モールドディポジッション、MD)を引き起こし、これにより、成形加工プロセスの効率を悪くし、また、成形部品の表面不良を引き起こす。
我々は、このブレンド系を反応性ブレンドとすることにより、この成形加工上の問題点を克服し、さらに力学物性の向上がもたらされることを見出した。図2に示すようなPPS、無水マレイン酸変性LDPE(LDPEgMA、変性率0.1wt%)およびエポキシ化合物(エチレン・グリシジルメタクリレート共重合体、PE-GMA)3成分ブレンドにおいて、溶融混練時に、エポキシ化合物がPPSとLDPEの間でカップリング反応を起こし、分散性、界面接着性を向上させる。その結果、MDの発生が抑制され、なおかつ耐衝撃強度がPPSの約3倍に改善された。また、PPS/LDPEブレンドの良好な摺動特性は保持される。
透過型電子顕微鏡(TEM)により、本材料の構造を観察すると図3の様になる。PPS/LDPE(90/10)単純ブレンドの場合、LDPEの分散ドメインサイズは約2μmであるのに対し、反応性ブレンドでは、0.5μm以下となり、分散性の向上がもたらされる。透過電子線の”色”を見分けるフィルターを装着したTEM(エネルギーフィルターTEM、EFTEM)により、詳細な構造解析を行ったところ、図4に示すようにLDPEドメインとPE-GMAドメインが付着した状態でPPS中に分散していることが明らかになった。得られた物性は、3つのそれぞれの相が長所を発揮し、互いに協調しあうことにより得られたものと考えられる。つまり、LDPE相は摺動性に、PE-GMAは耐衝撃性の向上に、PPSとLDPE相が化学結合することにより成形加工性向上に、そして、PPSが耐熱性に寄与している。
このような材料の応用として、歯車や軸受け材などの成形部品があげられる。
摺動性が相乗的に向上する原因として、LDPEが相手母材との間で薄い膜をつくり潤滑剤の役割を果たしていることが推測されるが、詳細な機構は明らかになっていない。また、PPSは図2に示すように、単純なユニットからなるポリマーであり、エポキシ基とどのような反応を起こしているのか不明である。このような基礎的検討を現在進めている。